ゲイ擁護に必死すぎないか増田民は[ref.]

先に言っとくと、俺もゲイは気持ち悪いと感じる。以下本題。

何というか、反応が過剰。
彼女が言いたかったのは、要するにこういうことだろう。

  1. この特徴から見て彼はゲイだと考えられるか?
    • 男性から見て、こうした行動はゲイじゃない男性でもありうるのか?
  2. ゲイだとしたら、それは面と向かって聞いていいものなのか?どう聞けばいいのか?
  3. 個人的にゲイは好きじゃないので、できればゲイじゃなくなって欲しい
    • それは可能か?

これに対して、「ゲイ嫌い」の部分だけ取り出して叩いてる人が多い。「全部お前が悪い」みたいな言い方をしてる人までいる。そもそも彼がゲイであるかどうかも分からないんだが、彼がゲイであるとして、確かにそれは仕方ないことではあるけれども、それを不快に思ってしまうことも同じように仕方ないことじゃないだろうか。「パートナーの同性愛を受け入れられないお前こそが変態だ」なんて言われる筋合いもないと思う。だってパートナーなんだから。自分から見て異常と感じられる性癖を持っているかどうか、持っているならそれは何とかならないのか、気になるのは当然じゃないだろうか。
「ゲイを嫌がるな」と言うなら、どうすれば嫌じゃなくなるのか示してもらわないとどうしようもない。カブトムシを気味悪がる母親に、ピーマンが食べられない子供に、ただ無理矢理「平気になれ」と言ったって無意味じゃないか。嫌いなものは嫌い。ゲイがどうしようもなく同性を愛してしまうのとどう違うのか。
彼女はゲイに対する不快感を示してしまった。外部に表示された以上、その思想の自由は絶対的保障から外れる。けど、差別と糾弾するにはあまりに素朴な表現だ。あくまで個人的拒否感を示したにすぎない。いくつかの返信の方がよっぽど暴力的だ。彼女は「もしゲイなら気持ち悪いから別れる」とも「ゲイなら無理矢理にでも矯正する」とも言っていない。むしろ、「好きだから別れたくない」「自分の方を変えるとしたらどうしたらいいか」とまで言っている。彼女の文を素直に追えば、異質なものに対して戸惑っているだけだと分かる。拒否感はあるが、好きだからどうにかしたい、とヘルプを求めている。その手段の一つとして、相手がゲイでなくなる、という形を挙げたとして、どうして責めることができるのだろう。
その辺を分かった上で、「話し合えよ」というのもまた突き放したアドバイス。立ち入った話だから勇気が出ない、どう切り出せばいいのか分からない、と言ってるわけで、いいからガチンコでいけよってのはどこか無責任を感じる。そしてそもそも、ゲイかどうかも分かってないわけで、話し合う前にゲイだった場合の心の準備をしたい、とそういうことじゃないのかと。


この一連のやり取りを見てると、「私の彼氏はゲイなんでしょうか?どうしたらいいでしょう?」と聞いて「死ね差別者が」と返されてるようにすら見える。元記事の彼女にも、表現の面で悪いところがあったかもしれないが、あまりに酷だ。
まぁ結論としては、増田民に優しいアドバイスを求めること自体間違いだったということ。