時効が要らないのは凶悪犯罪だけ

殺人等の凶悪犯罪について時効を無期限にすべきだという主張はまぁ理解できるけど、それを刑事事件全てに当てはめるのはどうかと思う。

時効の理由は次の3つであると。

  • (1)時間経過で証拠が散逸する
  • (2)長期捜査は納税者の負担になる
  • (3)犯人は長期間、罪の意識にさいなまれている

ただ、この3点が理由ならば、時効を維持する理由に乏しいよね。

  • 証拠が散逸するからといって、罪が許されるわけじゃない。
  • 長期の捜査にお金がかかるからといって、罪が許されるわけじゃない。
  • 長期間、罪の意識にさいなまされたからといって、罪が許されるわけじゃない

ここで挙げている3つは、ちょっと変形してるけど訴訟法説と実体法説のことを言ってるんだと思う。ここまで挙げておいて新訴訟法説(訴追されない事実状態を尊重し、国家の訴追権を合理的範囲内にとどめることで被疑者を保護する)を全く考慮してないのは何故だろう。
個人的には、公訴時効の根拠は新訴訟法説がメインだと思う。これについても当然批判があって、「そもそも訴追されない事実状態が続くと何故訴追権が制限されるのか?」と批判される。しかし、これは単純に国家の恣意的訴追を排除するためだろうと思う。たとえば、50年前の万引きで訴追されるとかいうのを考えてみると、これはもうどう考えても不当だ。更に下手をすると、選挙で当選しようという時に大昔の微罪で訴追してしまうとか、訴追の仕方によってはどんな悪用がされないとも限らない。
生涯で何一つ罪を犯さないなんて人間はほとんどいない。たとえば、喧嘩して友人を殴ってしまったとか、公然と「バカ」と言ってしまったりとか、そうと気付かずに罪を犯すこともあるだろう。それら一つ一つについて、一生、死ぬまで訴追の危険に晒されるのが妥当とは決して言えないはずだ。
もちろん、時効制度が無くてもこうした訴追方法は不当であり公訴権濫用として認められないだろう。しかし、濫用という曖昧なもので対処するより、はっきりと時効という客観的制度によって対処した方が安全で確実だ。そして、刑事罰は国家が独占する暴力の行使であって、国民を脅かす可能性の最も高い権限であるから、できるだけ確実な方法で対処しなくてはならない。
殺人はともかく、その他全ての罪について時効制度を廃止しろなんてのは、「国家は常に公明正大に犯罪を裁いてくれる」という超楽観的な考えが前提になってるとしか思えない。刑罰というものが、歴史上どれだけ人権を踏みにじってきたか思い返すべきじゃないだろうか。