『ミスト』

スティーヴン・キングらしい、狂気を孕んだサスペンス。
不安の煽り方と緊張感の保ち方がうまくて、作中の空気に巻き込まれる。登場人物の心情描写も丁寧なので、思わず感情移入してしまう。サスペンスとしては本当に良くできているし、音と映像で不安・緊張を煽りまくっているので、是非映画館で観ることをお勧めしたい作品と言える。
ただ、誉めるべき点はそういう「空気」にあって言葉では説明しにくいので、以下は逆に批判点を書くことにする。
[以下ネタバレ含む]


雰囲気作りのうまさに反して、全体の設定や話の筋は、正直妙なところが多い。異次元から異形の生物がやってきて人を襲うというのはまだしも、その異次元への扉を開く実験が「アロー・ヘッド計画」だということがラスト近くになって唐突に語られた時は、何事かと思った*1
また、黒人弁護士が「化け物なんかいるわけねーだろ!俺は出ていくぜ!」と盛大に死亡フラグを立てて出ていった時も、「理性と常識で考えてもそこは出ていくべきじゃないだろ」と心の中で突っ込んでいた。数メートル先も見えない霧が突然発生し、「襲われた」と証言する者が何人もいるんだから、未知の化け物じゃないとしても殺人鬼や猛獣、毒か何かがあるかもしれないと思うのが普通だ。
主人公達がスーパーを脱出する時も、「情報が要る」と言いつつ、あの生物について何も考察しないのが引っかかった。それまでの襲撃(?)から考えて、あれらが超自然的なものというよりは、異常だとしても何らかの生物であることは明らか。だとすれば、あれらが何を感知して獲物を襲うのかを考えて動いても良かった。音か、臭いか、体温か。もちろんそれで襲われなくなるわけじゃないが、考えておいて損はない。それに、生物であれば火が有効な武器になるだろうと予想でき*2、思いっ切り強い火を掲げながら進んでも良かった。少なくとも一瞬怯ませる役には立ったはずだ。
そして、「震撼のラスト15分」。原作には無く、監督が提案してスティーヴン・キングが賛成したらしいのだが、ここはもう納得いかないことだらけ。もしもスーパーからの脱出で終わっていたなら、ヒッチコックの『鳥』のような終わり方になっていただろうと思うし、実際その時点ではそうなると思っていた。
しかし、この映画のラストはそんな終わり方を否定した。別にああいうオチにすること自体は構わないんだが、それならそれでもうちょっと脚本を練るべきだった。いくらガソリンが尽きたからと言って、特に化け物が集まってきたわけでも、餓死寸前になったわけでもない。「アロー・ヘッド計画」が原因だと思っていたなら、異常事態がある程度局地的なものだろうと推測もできるし、短くとも3日くらいは救助を待てたはずだ。あるいは、銃は女性教師に預け、主人公と爺さんは捕食を覚悟で車を押すという手もある。そういった可能性を一切考えず、さっさと終わらせてしまったのは早計の一言に尽きる。
こういう早計さがあるからこそ最後の絶叫が切実になる、というのも分かるし、これら全てを含めて「冷静な判断力を失うような状況」なんだというのも分かる。だが、そういう異常な状況はスーパーの中で十分に表現しているのだから、最後に突っ込みたくなる形でやり直す必要はなかったと思う。
それと、最後に霧が晴れる描写も、おかしすぎる。霧が晴れ、軍が出てくるのはいい。だが、何故軍隊は主人公達の後ろからやってきたのか。何故最初に出ていった女性だけは助かったのか。これらを説明できる情報が、観客には一切与えられていない。無理して考えるとしたら、「異次元がこちらの町に来たのではなく、こちらの町が異次元に飛んでいた」と考えるほか無い。軍隊は元々いたが、部分的な次元の重なりに入り込んだ町の人々には認識できなかった。そして、ラストのあの瞬間にふと次元の重なりから元の世界に戻ることができた。最初に出ていった女性は、主人公より早く異次元から解放されていたのだ。


とまぁ、設定や脚本はツッコミどころが多すぎて困るくらいだ。しかしそれでも、手に汗握るハラハラ感は本当に見事としか言えない。久しぶりにいいサスペンスを見たと思った。

*1:尺の関係でカットされたのかもしれないが、冒頭に「最近軍が変なことやってて…」みたいなくだりを入れておくべきだったように思う。

*2:というか既に一種類は火で殺している。